ワタクシのゼミ教授であった加藤節先生から、定年にあたって1月に開かれた「最終講義」の『スピノザにおける「哲学」と「政治」』が印刷されて届いた。1月の最終講義に参加させてもらったが、卒業して以来40年近く「講義」という場とは縁のない生活を送っていた上に難解で知られるスピノザであるからチンプンカンプンであったが、今回印刷されたものをいただき、これでほんの少しは理解できるかなとムボウにも少し思った。
で、昨夜加藤先生にお礼のメールを書きながら思い出したが、30数年前、乗鞍で奇妙な老人と出会った。どういう経緯で会ったのかは覚えていないのだが、多分ザイル・パートナーだった自称京大10年生だった故ナカムラタッチャンあたりに連れられて行ったのだと思う。旅館だか民宿の離れのようなところに住んでいて、格好は仙人のようだった覚えがある。彼の小屋でお茶を御馳走になりながら、スピノザについての話しを伺った覚えがあり、その折りスピノザに倣ってレンズを磨いていると言って磨きかけのレンズを見せてもらったようにも思う。まるで南方熊楠のような人であり、文学・哲学・自然や音楽についての話しが面白かったのだろう、翌年だか翌々年に乗鞍での山スキーの帰りに再訪した覚えもあるが、この時は留守でお会い出来なかったように思う。
で、余りにも記憶があいまいなので先程Wikipediaで調べてみたら東京商科大学教授を辞して乗鞍高原の番所に隠棲したイギリス文学者故中村為治氏と分かった。またnetの『東京商科大学教授中村為治の生涯とロバート・バーンズ』という照山顕人氏の記述で中村為治氏のことが詳しく書かれていることを見つけ、初めてどのような人であったのかを知ったのはメデタイことであった。